まず,事案に関する情報の追加なのですが,上記タイトルを見る限り,譲受人が看板だけ撤去しろと言い出したかのようで何を言っているのかという感じですが,実際は原審までは,建物の明け渡しも請求しており,看板の撤去も請求していたのです。
建物の明け渡しは請求棄却となりそのまま確定してしまったのですが,看板の撤去は原審で,建物賃貸借では看板の設置の権原まで保護されるわけではないことから請求が認容されており,賃借人が上告したため,看板の撤去のみが争われることになってしまったというものです。
上告人である賃借人は,本件建物の地下1階で蕎麦屋を営んでおり,その店舗への誘引のため,看板等を設置しているというものです。
最高裁判所第三小法廷 平成25年04月09日判決 平成24(受)2280 建物明渡等請求事件
店舗の賃貸借も借家に当たりますので,借地借家法31条から,引き渡しさえされていれば,建物が譲渡されても賃借権を対抗できることになります。
第31条(建物賃貸借の対抗力等)
建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。
2 民法第五百六十六条第一項及び第三項の規定は、前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3 民法第五百三十三条の規定は、前項の場合に準用する。
しかし,これは債権なのに特別に付与された対抗力ですので,それ以外の契約は,どうなるかはまさに当事者の合意の問題というのが原則となりそうです。
原審もそのような理解のもと,看板の撤去を求めることは契約的なものに過ぎないことから,一般条項に戻って権利濫用になるかという検討を行い,権利濫用と認める事情がないとして,看板の撤去を認めたのでした。
しかし,蕎麦屋の営業はそのままでも看板の類は撤去されるとなると,営業そのものが難しくなりそうですし,そもそもちぐはぐな感じが否めません。
そこで最高裁は,権利濫用だと判断しました。
本件看板等は,本件建物部分における本件店舗の営業の用に供されており,本件建物部分と社会通念上一体のものとして利用されてきたということができる。上告人において本件看板等を撤去せざるを得ないこととなると,本件建物周辺の繁華街の通行人らに対し本件建物部分で本件店舗を営業していることを示す手段はほぼ失われることになり,その営業の継続は著しく困難となることが明らかであって,上告人には本件看板等を利用する強い必要性がある。
そのうえ,建物の譲渡の際の事情にも注目しています。
他方,上記売買契約書の記載や,本件看板等の位置などからすると,本件看板等の設置が本件建物の所有者の承諾を得たものであることは,被上告人において十分知り得たものということができる。また,被上告人に本件看板等の設置箇所の利用について特に具体的な目的があることも,本件看板等が存在することにより被上告人の本件建物の所有に具体的な支障が生じていることもうかがわれない。
以上から,権利濫用としたわけです。
一方で,田原裁判官の補足意見がついており,要するにテナントの賃貸借のような場合には看板の設置は当然に賃貸借契約の内容となっており,当然に対抗力があるのではないかということを述べられています。
確かに,テナントの賃貸借契約の中で看板の設置についても合意することは多いですし,看板設置などがセットであることは当然といえましょう。しかし一方で,借地借家法に含まれるのかというと,条文の文言があまりに明確であることから,そこまで読み込むのは無理ではないかという感じがしてしまうわけです。
一般条項をやたらと発動するのは変ですし,そもそもテナントの場合当然に含まれているだろうという実態に注目されているのが補足意見でその通りだとは思うのですが,当然に対抗力というのも難しく,法廷意見のような結論に落ち着くということなのだと思います。